昔ながらのかまど炊きと手絞りで大事に豆腐をつくっています。

2013.11.02

愛すること 信ずること

ふと見ると、床にこの本が転がっていた。三浦綾子の「愛すること 信ずること」というエッセー本。三浦綾子の小説は、学生時代好きでよく読んだ。この本は、夫と結婚する時に、人から贈られた本。とても感銘を受けて、二人のバイブルにした、覚えがかすかにある。
 
それが、結婚10年目でこのありさまだ。本は、カバーがとれ、角がぐしゃぐしゃに折れ、子供の落書きまでしてあり、ほこりだらけで床に転がっている。(写真は、カバーを探し出してきれいに体裁を整えたもの) 散らかり放題の部屋の中で、時々床でご対面していたこの本、正直言って視界に入っていただけで、何か特別なことを思うことなどなかった。
 
ところが、先日、ふと目に入った時、自然と手が伸びた。夫とちょっとした喧嘩をした後だった。
 
そして吸い込まれるように三浦綾子の文章に入っていった。新婚の時読んだはずなのに、何一つ覚えていなかった。そして、喧嘩が発端で、「もう豆腐屋やめてやる!」くらいの荒々しい鼻息で、怒りの絶頂だった私は、三浦綾子の文章に心を打たれ、暗く冷たい地平線に朝日が温かに安らかに昇っていくように、暗い気持ちに希望の光が射し、心の平穏が訪れた。夫への怒りの炎が、全てを許し受け入れられる温かい灯火に変わった。むさぼり読み、涙が止まらなかった。読み終えたときには、全く別の人間に生まれ返ったかのようだった。
 
結局、私達夫婦の前に立ちはだかる苦難(ささいな喧嘩も含め)は、全て、私達夫婦の絆をより強くさせるためにあるものなのだ。たいてい苦難というものは、絆が弱まっている時にやってくる。けれど、そのおかげで、再び互いを見つめなおし、さらに強く深い関係になって再出発できる。そして、喧嘩なんぞしないで力を合わせて豆腐屋業を営みなさい、とどこかで誰かが背中を押してくれる。豆腐は、私達夫婦という他人同士が一緒になって作る共同作品なのだから。
 
今、私達は新たな局面を迎えている。折り悪しく、長く勤めてくれた二人のスタッフが都合でやめてしまったからだ。尋常でない忙しさで、睡眠時間も食事時間もろくにとれない。でも、こういう時にこそ、夫婦の原点に、豆腐屋の原点に立ち返り、力を合わせて乗り越えていく時なのだと思う。初心忘れるべからず、精進してまいります。

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