昔ながらのかまど炊きと手絞りで大事に豆腐をつくっています。

2019.12.10

中村哲医師とともに

中村哲医師が亡くなって、悲しみにうちひしがれている私に、友人がこう言った。

 

「中村さんは、きっと無念じゃなかったんじゃないかな。こういうことも含めて全て分かってて、仕方ないって思ってると思う。」そうかもしれないなぁと思った。

 

火を焚いて、手を合わせた。私の祈りが、煙とともに天にのぼり、中村哲医師に届くといいなと思った。

 

『裏切られても、裏切り返さない誠実さこそが、人の心に触れる』

 

彼のこの言葉が、私の心に触れる。

 

よし、前を向いて生きよう。中村哲医師の遺志とともに。

2019.12.05

中村哲 医師

中村哲医師が、アフガニスタンで襲撃されて亡くなられました。ショックでなりません。

 

去年、友人の紹介で、中村哲医師の本を読みました。

『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る アフガンとの約束』中村哲著

『ドクター・サーブ中村哲の15年』丸山直樹著

 

この2冊に、私は深く感銘を覚え、最も尊敬する人物として、私の日々の行動の指針になっています。「中村哲なら、こんな時どうするか」私は、頭の中でいつもこう問いかけてきました。

 

贅沢三昧な外国の支援団体とは一線を画し、清貧を貫く日本人医師です。彼は終始一貫して、”見せかけの善意”を嫌ってきました。

 

手術中に、患者が危篤に陥って、輸血が必要になった時、中村哲医師が、自分の腕から直接輸血をして、患者を助けたこともあるそうです。

 

また、彼は医師でありながら、農業の支援をしていきます。栄養失調のため簡単な風邪をこじらせて死んでいく人々を目の当たりにし、病気を治す以前に、大地にきちんと作物がなるようにしなければいけないと、荒れ果てた死の大地に水路を築き、緑の地に甦らせます。アフガン人が生きるために本当に必要なのは、薬でもない、武器でもない、”健康な大地と水”なのだ、と説きます。

 

中村哲医師は、医師としてではなく、常に”ひととして”どうあるべきかを考えて、アフガンに寄り添ってきたといいます。だから、彼によって心も救われてきた人達が多くいるのです。これからも、彼が救えるはずだった人達のことを思うと、無念でなりません。

 

心から追悼の意を表します。中村哲医師なきあと、どうかアフガンの支援が後退しませんように、祈っています。

2019.12.03

嬉しいお客さん

ここ最近で最も嬉しかったこと。

 

「油揚げ、1枚ちょーだーい。」と近所の友人が、朝、立ち寄ってくれたこと。

いつも5枚とか10枚とかまとめて買ってくれる友人だけど、今日は1枚。あ、自分用だなってすぐ分かった。

 

「今、急に食べたくなったんだ。家に帰りながら食べる」

まるでドライブスルーかのように、ふらりと立ち寄って、テイクアウト。その気軽さが嬉しくて、彼の日常にまめやがあることが嬉しくて、「今日一日分の喜びをもらったよ!」と叫んでしまった。

おまけの油揚げと一緒に、新聞紙に包んで。

いいなぁ、こういう商売。